幽閉図書館

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自分の考えはしっかりと持ち続けることの重要性について

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意見を持つこと


義務教育を終えれば、おのずと自分の決めた道にそって生きていきます。
そこには、親であっても阻むことが許されません。
自分で考え、決めていく、例えそれが最善でなくてもです。


自分の決めたことに関しては、責任を負うことができ、納得するといった考えの人は比較的多いです。
これが他人になると、やれ責任だの話すようになります。もちろん自分で決めても責任を誰かに負わそうとする人もいるわけですが、それでも自分で決めた道に納得する人はいます。
そもそも学校教育なんかでは、現在本来の道徳をないがしろにし、みなが揃っている方が良いと話、間違って入れば袋叩きをするといった行為が行われています。


幼少期にそのようなことが起きれば、おのずと周りに合わせるようになり、自分の意見も意見として持てなくなります。
その結果操り人形のような人間へと進化していくのです。それが今の組織といったところですね。
さいころの教育ほど大切な期間はありません。やはり他とは少し違った考えを持つようにもなりえますし、何が正解かがわからない時期になります。


ただ、世の中生きていくと、すべてにおいて正解でも不正解でもない!といった現実がやってくるのです。
この人のこの発言は正解だ!と自身で思っていようが、それは別の人では不正解と点をつけられるのです。
しかし、これはかえってすべてが正しく、すべてが間違っていると考えることも可能であり、結果的にはそれが自身の思考であり、意見になるのです。


いくら、周りがそう話自分だけが違った意見を持っていようが、それは不正解とは限りません。
一度そのグループから外れた瞬間に、自分の味方の方が多かったなんていう話はよくきく話なのです。
ただ、少数のグループでしか属していないので、外がわからず、やがて自身の意見が今までの自分の不正解に切り替わっていきます。


人は思考ができ、共感もできる優れた生き物です。
それは逆に身を滅ぼし、危険へと進むことになる場合もあるわけです。
しかし、例え自分がいくら批判されようが、自身の意見はちゃんと持っておくようにしましょう。


でないと、かえって自分の存在も問われるようになります。


以上です。ありがとうございました。



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