幽閉図書館

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悲観的な思考は不幸になることが多いのですが、少なからず体験すればおのずと楽観的思考に変わよ!!

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おはようございます。結城です。
悲観的思考は時に人を不幸にするとされています。
大体の場合それはそうだろ!と思えることでしょう。


理由は簡単です。ネガティブ思考なら何もうまくいくはずもなくかえって悪いほうを取り込んでしまう。不のスパイラル的なことですね。
僕も昔はそのような思考が多く、大体失敗して終わるのです。


しかし、現在はそんな失敗でも成功として考えるようになれたほうが良いのではないのか?と少し疑問に思ったことがあります。
ゲームやアニメ、ドラマなんかで、失敗は成功と称する言葉を発することが多々あります。


『失敗は成功のもと』といったことわざがあるように、失敗から学ぶことも多いわけです。
そもそも人は失敗なしでは前に進むことができません。
できたとしてもそれが年齢を重ねてからだと大きな損としてやってくる可能性すらありえるのです。


さいころから失敗の連続をした人と失敗をせずして成功ばかりをしてきた人の違いは挫折からの脱却の速さやその時の思考で変わると僕自身勝手に考えています。
大体ネットで検索すれば、そんなのすぐに見つかるはずです。
大人になってからの失敗は下手すれば命危うい状態になる可能性すらありえるのです。


さいころから小さな失敗をしていれば、大人になっても多少の失敗でもそれを糧にして次は成功させるぞ!といったことが可能になるのです。
悲観的思考を楽観的にするのはすぐには無理なお話です。


しかし、悲観あるからこその楽観。成功あるからこその失敗といったことが結びつくように、必ず何かが舞い降りてくることはあるのです。
悲観し続けるのは別に悪いとはいいませんが、それは安易に失敗に結びつけてしまうことがある場合がほとんどです。そこから学んでいく人は、別にかまいません。


僕は無理だ。だめなんだ。といった思考を持ちそのまま育つ。
それは果たして悪いことなのか?と疑問に思う方も多いでしょう。
大体は自身がない!などとその悲観する人に触れることはないです。


だが、その人がもし楽観的な思考に成り代わった場合、悲観を体験したものの楽観はとても素晴らしいものへと変わっていくと考えております。
そこから見える世界というのはやはり美しく優しいのかもしれません。


もっと悩み悩んでいくのが人生なのかなと思います。
以上です。ありがとうございました。



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